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私は孫九郎の露天風呂の事を、その不思議な色から密かに「メロン牛乳温泉」と呼んでいる。
「メロン牛乳温泉」は、温度の異なる二つの単純温泉を混合することによって適温を作り出しているのだが、それぞれに含まれる成分が微妙に違うために、硫黄分と鉄分が反応して硫酸鉄となりそれが緑褐色に見えるらしい。
円形の小さな池ともいえるこの露天風呂の内側では、水中ポンプで流し込まれる二つの温泉の為に激しい対流がいつも起こっている。
時にはひゅうーという空気が水に過擦する音や、水が岩肌を噛む音などがしてそれは騒々しい。
湯の中に浸かっていると、自分が一種の生命プールの中にいるような錯覚さえ起こす。真夜中、照明光にきらきらと反射する水面をみながら、自分の身体が溶けていく様を思う。
平湯川沿いに湧く湯を利用した福地温泉は、奥飛騨温泉郷の中でも規模がもっとも小さくいわゆる「秘湯」ぽい情緒を残している温泉地だ。
逆に言えば「ちょっとお洒落」な喫茶店も小物販売店もない場所。穂高の山々を仰ぎ見る谷間の道沿いに、あまり大きくない和風旅館が道沿いに並ぶ。
流行の「おこもり宿」には、ピッタリの場所。元湯孫九郎はその福地温泉でも老舗である。
温泉に入ったあと、いろりを意識したテーブルに妻と向かい合わせに座って夕食を取る。桜の葉を一緒に入れて味のアクセントにした蕪蒸しが私のお気に入りだ。
妻は鮎の塩焼きだとか、川魚の焼いたものが好きだから、この日出たイワナの塩焼きに大感激してる。
その他、五平餅とか、蕎麦とか、完璧な郷土料理で口に合わないとちょっと難しいものが沢山でた。私は半分ぐらいダメだったけれど、それらを嬉しそうに次々と平らげていく妻の姿を見てるだけで充分満足だった。
夕食後しばらく休憩をして今度は、福地温泉が企画した「のくとまり手形」という、自分が宿泊する宿以外にもう1軒のお風呂に無料で入ることができる手形をフロントで貰ってもらい湯にでた。
春が近いとは言え、木々の間に氷で出来た青だるが健在な土地だ。夜になるとさすがに肌寒い。
二人で肩を寄せ合って温泉を目指して坂道をのぼる。夜空には北斗七星が瞬いていた。16人が参考にしています