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榊原温泉は由緒ある温泉であるものの、いまひとつインパクトに欠ける印象があり、私には情緒面や泉質面において特段惹かれる面が見当たらなかった。某日帰り入浴施設に一度だけ入浴しただけであり、たとえ旅館の温泉施設に入浴したとしても、加温のうえ循環して塩素消毒を施された湯が注がれる大差ない程度の湯であろうとの先入観があったが、今回湯元温泉館の源泉を堪能したことで、良い意味で予想を裏切られた。
ここは日帰り入浴者にも積極的に門戸を開いており、豪華なホテルのロビー受付で遠慮がちに立ち寄り湯を請うといった、ある意味屈辱的な作法を余儀なくされることがないのは有難い。即ち、日帰り入浴者用の入り口自体が別にあり、施設の中では宿泊客と同一の温泉に入浴できるシステムなのである。良心的かつ商売上手な宿と言える。
尤も、日帰り入浴者は「まろみの湯」という施設を利用することになり、宿泊客専用の「天つ木の湯」などは利用できない。とは申せ、源泉かけ流し浴槽があるのは「まろみの湯」の内湯のみであり、宿泊せずとも榊原温泉の源泉を堪能できるのである。
入浴料金は1000円とやや高めの印象だが、入浴後にゆっくりとくつろぐスペースも用意され、そのうえ浴衣も貸してもらえるので慌しく入浴するのでない限り、損した気分にはならないだろう。健康ランドのようにマッサージ施設や飲食スペース、映画ルーム、あげくはゲームセンターなどといったそもそも温泉とは無縁の付属設備など皆無で、ただ畳の上でくつろぐことができるだけだけれど、良泉に浸かり、このような場所でゆっくり読書でもできるならば、すこぶる安上がりな実のある贅沢だと思う。
「まろみの湯」には二種類の浴室があり、毎日男女交代制である。先日私が伺った折には男湯が「もえぎ」と命名された浴室であった。ちなみに同日女湯の「むらさき」は「もえぎ」よりやや大規模な浴槽であるご様子。毎日男女交代制であるのは、宿泊客が滞在期間に二種類の浴室を経験できるように配慮したものであるらしい。
「もえぎ」には内湯に主浴槽とやや小振りな源泉浴槽、更に露天風呂がある。露天風呂とは申せ、屋根部分のある半露天とおぼしきものであるが、すぐ横を榊原川の清流が流れ、なかなか風情があるもの。ただ残念なことに、露天風呂の浴槽は加温された放流循環併用式で、源泉浴槽で体感できる浴感と芳香はない。
内湯の主浴槽も同様に加温・放流循環併用式だけれど、塩素系薬剤の投入はなく、アルカリ性単純泉だけに若干のツルヌル感を体感できる。
そして、ここの白眉はやはり源泉浴槽、32度の源泉が加温なし・消毒なし・完全放流式で利用されている。32度という湯温では夏場以外はおいそれと長湯できものではなかろうが、加温浴槽との交互浴を行うことによって、まことに効果的に温泉を味わうことができるのである。例えば、神戸の温泉銭湯である灘水道筋温泉などでの入浴法を想定してもらえればよい。
この源泉は無色透明で上品なツルヌル感と、確かな硫黄臭がある。源泉注入口の湯を手ですくってみると、湯の新鮮さと無駄に加工しない湯の素晴らしさを実感する。他の温泉地でもこのような温泉の利用法を実践してもらいたいものである。
ちなみに、源泉浴槽では自家源泉の榊原七栗の湯という源泉を利用し、循環浴槽では同湯の第二源泉を利用しているが、両者の泉質のものには大差ない模様。
泉質を重視し、のんびりとくつろぎたい向きにはお勧めの施設。榊原温泉の実力を垣間見せてくれた優れもので、再訪してもよいと思われる温泉施設のひとつとなった。9人が参考にしています