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京都北白川の滋賀県へと抜ける山中越え途中にある温泉。似通った温泉が二軒並び、お隣の「北白川天然ラジウム温泉」とどちらにしようかと悩むところではありますが、同じ泉質のラジウム冷鉱泉であり、温泉利用方法も大差なければ古くて妖しい方がわたくしには似つかわしいと存じ、不動温泉にお邪魔した次第。
なにぶん北白川不動明院の境内から湧き出た霊験あらかたとも申すべきこの源泉、少なからず宗教がかっている感なきにしもありませんが、妖しの雰囲気は愛知県の永和温泉「みそぎの湯」よりは控えめで、怪湯とのカテゴリーには属さない類のものと申せましょう。
温泉というと大型ホテルの大浴場やスーパー銭湯しか縁のない方々にとりましては、玄関付近で踵を返したくなる雰囲気濃厚ではございますが、わたくしなどにとりましては不思議なデジャブに襲われるがごとき感覚に陥る施設、若い頃からこのようなものに惹かれたわたくしは、このあたりをうろうろしていた京都での学生時代にこの温泉の存在を知らなかったことが残念でなりませぬ。
玄関をくぐりますと、早速愛想の良い若女将に畳敷きの休憩処に案内され、お茶のサービスとともに温泉やその利用方法につき詳しい説明を受けるのでございます。案内された一つのテーブルを独占して使用することになり、希望するならば貸し出しの毛布や枕を利用して本格的昼寝も可能、何度温泉に入っても、何時間滞在しても料金は一定であることを考慮するならば、1,200円という価格は決して高いものではございますまい。即ち、銭湯替わり若しくはスーパー銭湯の利用形態を基準にここに参りますと、価格・雰囲気・設備等に不満が生じるのでございまして、終日携帯電話通話圏外の異次元空間へ、慌しい浮世から逃避して過ごすことに違和感を持たれない方々にとりましては、寧ろ1,200円は安いものと言わざるを得ません。ただ、休日にも携帯で仕事の話に余念がない、忙しい振りをするのが大好きな俗物には、携帯電話通話圏外というのは致命的でありましょうが・・・・
つまりここではのんびり長居をしてなんぼの世界であります。下手すれば「千と千尋の神隠し」状態とも言えるこの建造物が、いやが上にも逃避の雰囲気を醸し出してくれます。
風呂場は3、4人しか入れない規模の、家の風呂と大差ない小さなものでございます。小さな浴室に小さな浴槽、また、密閉されていることにも意味があり、美人若女将が説明してくれますように、ラジウム温泉ゆえに密閉状態の浴室内で深呼吸をすることにより、体内にラジウムを効果的に摂り入れることが可能なのでございます。
冷鉱泉ゆえ当然加温のうえ利用されており、循環の併用及び塩素消毒の記載がなされておりますが、不快な塩素臭は感知せず、無色無味無臭で白湯を沸かしたものと判別し辛いというのが正直な実感。ただ、源泉の冷鉱泉を好きなだけ浴槽に注入でき、飲用も可能ですので、浴用・飲用・吸入によるラジウムの効用を存分に享受できる温泉でございます。「天然ラジウム湧出元関西第一位」との表記の実感は、ラジウム泉の特質ゆえ判然とし難いのですが、源泉は良質のミネラルウオーターに近いものでありましょう。贅沢を申し上げますならば、源泉を水風呂替わりに利用できる浴槽が一つ欲しいものでございます。
短時間での慌しい利用はここでは明らかに不似合いである反面、一日のんびりと静かに過ごしたいとお考えの方々には好感度が高くなるものと思われます。又、この温泉の利用者は、常連客がかなりの部分を占めるものと推察され、わたくしの訪問時には二組のお客様がいらしただけで、平日の昼間からこんなところでゴロゴロしていられる身分若しくは職業と思しき方々でございました。わたくしも他人のことをとやかく言えた義理ではございませんが、それなりにわけありの方々に似つかわしい場所と言えなくもない。子連れや団体客、若い活動的カップルなどとは明らかにミスマッチでございます。スーパー銭湯を向日葵とするならば、ここは日陰に咲く隠花植物の類のものと申せましょう。
そもそも湯治場に妙な明るさなど不要、歴史の澱が溜まったような建造物と愛想の良い美人若女将、時間がゆっくり流れる京の異次元空間で、わたくしは癒されたのでございます。10人が参考にしています