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木曽川河口付近の巨大デルタ地帯は、水害から村を守るべく周囲に堤を廻らせた「輪中」と称される集落で、その南端には「長島スパーランド」、島の真ん中あたりには「なばなの里」という大きな施設が建設されている。そこでも長島の温泉を堪能できるのだが、私はそのようなバブリーな施設を好むはずもなく、「なばなの里」のほど近くにある地元専用の素朴な共同湯を目指した次第。「なばなの里」を挟んで、北側にあるのが松ヶ島共同浴場である。規模は都会の小規模な銭湯並み。新しい建物ではないけれど、中に入ると意外なほど小奇麗で、想像していた以上に清潔な施設だった。
番台方式で、おばさんに100円を支払って入浴、一応鍵付きのロッカーもある。浴槽のは小判型の5~6人が入ればいっぱいになりそうな深めの浴槽がひとつ、扉を開けると、微かなモール臭を感じた。長島温泉特有の飴色の湯が浴槽に満たされ、蛇口からは熱めの源泉が惜し気もなく注がれている。少々熱いので水を一緒に注ぎながらの入浴となる。
肌にまつわりつくような湯は、モール臭に加え、一種木屑の如き香りも加わり、関西圏内では経験できない香り、これぞ天然温泉の魅力。温泉は何も手を加えない自然のままが一番良いことを実感する。そんな湯に身を沈めると極楽至極。
利用者は地元民ばかり、旅行者などに遭遇することは極めてまれであろう。旅行者は「なばなの里」で高い金を払って入浴し、こんような100円のパラダイスを見逃すのである。元々地元民のための共同浴場であるので、沢山の人が押し寄せると迷惑この上ないであろうから、私としては本当は誰にも言いたくないのが本音である。
濃密な地域共同体のなかに潜入することに躊躇しさえしなければ、この輪中の極上湯を堪能できる。大きな温泉施設では決して得られない旅情をも感受できる。温泉も共同体も、私には素晴らしい桃源郷に思えた。1人が参考にしています