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これまで全国の秘湯の宿を回ってきたが、このときほど怖い思いをして車を走らせたことはない。離合場所は作ってあるが、道が曲がりくねっているため、バックするにも一苦労。間違えれば転落。そんな場所の連続だったからだ。
きりづみ館の前に車を止めて、電話をかけるようにと看板に書かれていた。てっきり坂(ホイホイ坂)を降りてきてボッカのように荷物を背負ってくれるものと思っていると、でっかいランクルが出迎え。許可を受けた車なら林道に入れるのだそうだ。走り始めたところは、先ほどよりもっと細い道。それに崖が半端ではない。恐怖感にしびれながらやっと着く始末。
お世辞にもきれいとは言えない宿。しかし、深い緑の中にあって、すごく心が安らぐ感じだった。通されたのは新館の1階の部屋。かつての水力自家発電の水車の横の部屋だった。
ここの風呂がいい。タイル張りの何の変哲もない湯殿だが、温泉が半端ではない。カルシウム--硫酸塩泉、39度。PH8.9。まったりとする温泉で、しばらくすると全身が泡だらけになる。もう感動の行ったり来たり。
のんびりと温泉を楽しんで部屋に戻ると犬が吠え続けている。どうしたんだろうと窓を開けると、若旦那(4代目の主)が「熊が残飯をあさりに来ています。犬とはおなじみなので逃げませんが、人間を見ると逃げます。万が一ということもありますので、外には出ないでください」--と。途中でサルに遭い、今度は熊。いかに大自然に抱かれた宿か、を痛感。
食事は山菜と川魚。大きなお盆に載せて一度に出てくるのが味消しだが、いい味だった。静けさとのんびり館を味わうには最高の宿。なぜか病みつきになりそうな気がした。「人間の証明」(森村誠一著)の舞台に描かれたのも、納得。15人が参考にしています