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桜の名所吉野には様々な宿泊施設があり、観景の面からはそれぞれ優れものでありましょうが、大半の湯がが無個性な代物、温泉宿として恥じない湯が湧く宿となりますと、はっきり申し上げて吉野温泉元湯のみと言って過言ではございません。この宿は吉野山を登る街道からは外れた、谷底ともおぼしき深い緑の中にひっそりと立ち、まさに隠れ家の雰囲気濃厚、一軒宿というのもまた魅力でございます。
宿は純日本風で、歴史を感じる造り、喧騒極まりない団体客など場違いに思われる雰囲気がまたよろしゅうございます。秘湯とおぼしき隠れ家に団体客など見るに耐えぬものですから。
浴室は内湯のみ、余計な露天風呂など造って湯が足りず循環などしてしまう愚かな所業とは正反対の、湧出量に合った小さな浴槽に源泉を掛け流すという本来の温泉利用法を貫かれていることに敬服いたします。
石造りの浴槽には加熱された源泉が注がれ、赤みを帯びた含鉄炭酸泉は湯舟からオーバーフロー、浴槽の淵や浴室の床は赤みが付着し、源泉の濃さを物語ります。蛇口をひねると源泉(冷泉)が出てまいりまして、飲泉いたしますと、甘みを除去したサイダーとおぼしき味覚、口の周りがヒリヒリとするほどの炭酸味を味わうことができるのでございます。温泉の利用法としては理想的と申せましょう。ただ、源泉が出る蛇口は女湯にはないのが残念であります。
山の緑を眺めつつ、かけ流しの湯に浸かるという温泉好きにはこたえられない至福の時を味わえる宿、ここは除鉄・濾過し、見た目透明の綺麗な湯にして循環させて使用するような野暮天ではございません。喧騒を離れ、静かに良泉を味わいたい方々には最高の温泉宿でございます。0人が参考にしています